クラシック音楽を楽しむ広場

クラシック音楽を聴いた感想を記します。

4月2日 奈良 吉野の桜(下千本から眺める)を見に行きました

奈良県 吉野の桜

 前回、記事を書いてから、音楽は聴いていましたが、上手く記事が書けるだろうかという不安が、頭によぎり、しばらく、離れていました。

 さて、今年の桜はどこへ見に行こうかと3月初旬から考えていました。

そこで、奈良 吉野の桜を見に行くことにしました。

 日は、4月2日(日曜日)と、事前に決め、当日晴れるだろうかと、気象庁の2週間天気予報を毎日のように、眺めていました。

 当日は、天気も良く、吉野の区域の低い 下千本という場所から、向こうに見える中千本、上千本の山々を眺めました。

 午前の早い時間に着き、多くの花見客とともに、きれいな桜を楽しみました。

 一本の木を歩道から見るのでも美しいのに、山に生えている多くの木々を少し、はなれた場所から、眺める。山肌が、桜の色になっているところが、吉野の桜の木々の見どころだと思います。 

 お土産は、葛もち・葛の入った羊羹。また、吉野本葛の原料…これは、自分で、水に溶かして作る材料です。今週末に、挑戦しようと思っています。

 今回は、中千本の場所にある 金峯山寺蔵王堂は、人が多く、ゆっくり見れそうになかったので、季節が変わったころ、また訪れることにしました。

 慣れていないカメラも、事前に説明書を読んで、何とか撮れるくらいになりました。

 

アルカン:ピアノ曲 波打ち際の狂女の歌 25の前奏曲より

 ここ数日、眠りが浅いのだと思いますが、毎晩 午前1時、2時に目が覚め、家事や、音を立てないように、掃除をしています。
   昨日の夜は、午前2時頃に目が覚め、回していた洗濯物を干し、次いで、たまっていた段ボールをひもでくくり、出勤時の荷物の準備(水筒2本、ハンカチ等)、そして、ボールペン字の書き取り練習(お気に入りの歌集のペン字による手本の写し、一日、一首ずつ書いて覚えています。)を、4時半までしていたら、疲れて、また眠くなり、再び眠りにつきました。
 睡眠がやや不足していて、眠気でウトウト過ごした一日でした。少し暖かったこともあります。
 業務も十分には、はかどらず、帰宅してから1時間半、夕寝?をして、起きてから、夕食を食べました。
 そうこうしているうちに、急に、思い出したように、以下記載の「波打ち際の‥‥」の曲が頭に鳴ったので、CD棚を探し出して聴いた次第です。
 
 今夜は、フランスの作曲家・ピアニストのシャルル=ヴァランタン・アルカン(1815〜1888年)の前奏曲を聴きました。
 25の前奏曲自体(第1組曲…第1番から9番、第2組曲…第10番から17番、第3組曲…第18番から25番)は、まあ美しい曲集なのですが、
 中でも、曲調ががらりと変わり、ふと手を止め、曲番号を見直した曲があったので紹介します。
 第8曲 変イ短調 曲名は「波打ち際の狂女の歌」(ゆっくりと)。
この暗く沈んだ曲は、本当に陰鬱になります。
 作曲家アルカンは、ブゾーニが、作品の良さを認め「リストに続く、ピアノ音楽史上の偉大な業績」とさえ讃えました。しかし、いつしか忘れ去られてしまったのです。

 6歳でパリ音楽院に入学し、7歳で1等賞を取得。10代で、ロッシーニを驚かせ、ショパン・リストと並び称されるピアノの腕前でした。ショパンとも親交がありました。
 ハンス・フォン・ビューローも、彼の作品12の練習曲をたたえ、ピアノのベルリオーズと言ったほどでした。作曲の才能も一流だったのです。

 忘れさられた原因として、晩年、小さい規模の演奏会は開いてはいましたが、孤独を好むようになり、社交界から去っていったからです。

 特に、この「波打ち際の狂女の歌」を聴くと、美しい前奏曲集に急にこの1曲挿入するあたり、独特の暗さ、よく言えば、内省の深さを持っていた人なのかと思います。

 1839年に世に出たショパンのプレリュードから9年後に作られたこの曲は、友人ショパン、またバッハの平均律クラヴィーアの影響を見て取れます。

 前奏曲全体として聴いても、聴きやすく、穏やかな曲が多いのですが、「波打ち際の狂女の歌」を再度聴いていますと、波が来ては、戻り、押し寄せては、戻りの風景が頭をよぎり、私の心は、やや、暗くなりました。
 
 ロンドンレーベルによるCDで、オリ・ムストネンの演奏で聴いています。1967年、ヘルシンキに生まれたピアニストです。
 彼のこのほかの録音は、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、及びバッハのヴァイオリン協奏曲 ホ長調の作曲者自身によるピアノ編曲版(ロンドンレーベル)が出ています。
 家の棚を探して見つけ、今、久しぶりに聴いています。珍しい曲を取り上げるピアニストと思いました。柔らかで、聴きやすい音のピアニストです。
 
 今深夜、1時。これから、眠れるでしょうか。
 眠るのは、疲れが取れ、心地よいのですが、過去、私は、頻繁に、怖い夢を見る傾向があって、起きたとき、夢かうつつか、分からず、毎晩非常に怖かったです。
 気を落ち着かせるために、都度、たばこを吸っていたのですが、一時的に、心の落ち着かせる処置だと思い、3年前のクリスマスの日の1本を最後に、やめました。
 以降、怖い夢を極端にみることは、減り、怖い夢をみたなと思った時は、お茶を飲んでいます。
 夜の、しんとした静けさが好きです。暗い部屋に、机の上だけを照らす電球。
 まだ、明日の朝までには、しばらく時間があると思うと、やや、ゆっくりの自分タイムが持てます。何をするということもないですが、
 作曲家の伝記本をぱらぱら、眺めたり、また、写真入りの歴史解説本、今、はまっているのは、昨年の大河ドラマ鎌倉幕府の本です。鎌倉は、2回行ったことがありますが、行ったときは、源頼朝北条義時の肝心の話を知らず、当時訪れた一番の目当ては、北条時宗像を見ることでしたので、階段横にあった像を見たときは感動しました。  
 また、いずれ一回訪問したいな と考えています。夜は、眠るまでに、そうした考えを、いろいろと、引き出しから出して、整理して、またしまったりと、するのが楽しいです。

ポーランドの作曲家:グレツキの交響曲第3番 悲歌のシンフォニー

高校を卒業した1993年

 私が高校を卒業して、小遣いを貯め、吟味に吟味を重ねて、CDを購入していた時です。大学生の いとこのお兄さんと久しぶりに会い、進学のお祝いだから、何か欲しいもの買ってあげると言われ、このCDを選びました。

購入を決めた理由

 CD店舗に足しげく通っていた私は、店舗で流れてくる、聴いたことのないほどの重々しい歩みのメロディと、第3楽章で歌われる何かしら、痛々しいながらも、心に刺さるほどの美しいメロディに魅了されていたからです。

 集めていたクラシック音楽CDは、まだ、バッハ、ベートーヴェンショパンくらいの中、初めて現代音楽の分野の音楽を手に入れ、何度も聴きました。

 世間でも、現代音楽が、世界的(欧米を中心に)に30万枚を超えるヒットとなり、聴かれるというのは、異例の現象でした。そのきっかけは、第2楽章の「お母さま、どうか泣かないでください。」の歌が、イギリスのFMで、繰り返し放送されたことによります。

演奏者について

デイヴィッド・ジンマン指揮、ロンドン・シンフォニエッタ

ドーン・アップショウ(ソプラノ)です。

 当時、初めて聴く指揮者、オーケストラ、ソプラノ歌手でしたが、作品をよく表現していると感じました。

 今聴いても、そう思います。演奏者が、作品にこめられた作曲者の想いを懸命に表現しようとしていると感じるからです。

 

作品の紹介

 このヘンリク・ミコワイ・グレツキの「悲歌のシンフォニー」:

ソプラノとオーケストラのための作品で、ソプラノの歌詞は、第2次世界大戦での女性の悲しみがつづられています。

 第1楽章の始まりは、弦楽合奏による、いつ終わるとも知れない、冒頭のコントラバスの低い音から始まる 音の連なりが奏でられ、中心部のソプラノの歌は、「聖十字架修道院の哀歌」として知られる15世紀ポーランドの祈りの言葉が歌詞になっています。

第2楽章の歌は第2次世界大戦末期に囚われた女性が独房の壁に書いた祈りの言葉です。英語で歌詞は出ています。

お母さま、どうか泣かないでください。
天の清らかな女王さま
どうか、いつも私をお守りくださるよう
アヴェマリア

(ナチスドイツ秘密警察本部のあったザコパネの第3独房の第3壁に刻まれた祈り、)

第3楽章は、戦いで、息子を失った年老いた母親の深い慟哭が刻まれています。

 特にこの楽章は、歌詞の意味も何も知らずに聴くと、カノン形式の実に美しいメロディなのですが、歌詞を読むと、心にぐっと訴えかけてくるものがあります。

(以上の作品紹介の記載は、ライナーノーツを参考にしました。執筆は 音楽学者で、音楽評論家の白石美雪氏)

このライナーノーツを片手に、歌詞対訳を見ながら、何度も聴きました。

 CDジャケットの表紙写真が、銀色を背景とした黒色の影の女性で、曲の意図、雰囲気を、表していると思います。

 そして何より、この作品は、音楽の領域を超えて、大切にしないといけないものは、「何か」を伝えています。

 是非、一聴してほしいです。購入はこちら、

 

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グレツキ:悲歌のシンフォニー

 

新境地:シフが、クラヴィコードで弾く バッハ

 クラヴィコードと私の出会い

 クラヴィコード という楽器を初めて聴いたのは、今から32年前の私が高校生の時、兵庫県 神戸の小さなサロンで、鈴木雅明氏の演奏による、バッハの「2声のインヴェンション と 3声のシンフォニア」でした。高校の同級生と聴きました。

 初めて聴くクラヴィコードは、思っていたより小型の楽器でした。出る音は、とても繊細で、おどろきました。指の上下のタッチだけでなく、指の微妙な動きも、鍵盤から、音を発生させる場所へと、直接つながっていて、反映されるからです。

 演奏会後、氏と話す機会があり、楽器も少し触らせていただきましたが、「一音を出すのが、難しい楽器だなあ」という感想をもちました。

 

 月日は流れる中、クラヴィコードの演奏CDが、世に出ることは、ほとんどなく、

 今回、70歳になるアンドラーシュ・シフが、この楽器に取り組みCDを出しました。

 

シフについて

シフは、1953年ハンガリー、ブタペスト生まれのピアニストです。

 これまで、私のシフに対しての印象は、作品の本質に内省的にせまり、音楽には正攻法で取り組む、おとなしい人柄のイメージでした。ところが、最近購入した「最新版 クラシック現代の巨匠たち」(音楽の友社)のシフの紹介ページ(寺西 基之 氏執筆)を読んで、

 シフのその一直線な気質が、探求心のあまり、(一例で)ハイドンの演奏で、リヒテルや、グールドの演奏を非難していることを知り、意外でびっくりしました。

 

シフのバッハ演奏について

 シフのピアノ演奏は、真面目で清廉に音楽に取り組む姿勢が、音楽にも表れていて、私は愛聴していました。

クラヴィコード」で弾くバッハ作品集は、どのような響きになるのだろうかと期待が半分。一方、不安要素もありました。クラヴィコードの音は、生演奏では、典雅で、まぼろしのような空間さえも創りあげる楽器ですが、録音機器で音を採取できているのかという考えも持っていたからです。

 

聴いてみての感想

この曲は、深夜、こっそり自分だけで聴くのが一番良い聴き方だと思いました。ピアノほどの強弱の振幅はなく、周囲に音が届かない、また、深夜のシーンとした静寂の中でこそ、録音された音が映えるからです。

 

入っている曲

2声のインヴェンション と 3声のシンフォニアカプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」、4つのデュエット、音楽の捧げものより3声のリチェルカーレー、半音階的幻想曲とフーガです。

 

シフのクラヴィコード演奏の特徴

 一例として、インヴェンションの第1曲目、過去、デッカレーベルに録音したピアノ版では、ある意味、真面目に弾き、装飾音がなかったのですが、このクラヴィコードによる演奏では、グールド(非難していたのに、装飾がすごく似ています)のように自由に装飾しています。

 本CDの収録曲を通して、表現方法や解釈の探求をし続ける、現在のシフの姿を聴くことが出来ました。

 眠ることの出来ない深夜に、ゴルドベルク変奏曲では、曲調が、闊達すぎて、目が覚めてしまいますが、一方、このCDは、クラヴィコード楽器の特性がひきだされ、ほの暗い雰囲気を醸し出しており、眠れぬ夜のなぐさみに良いと思います。

 

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チョ・ソンジン(pf):ヘンデル と ブラームスを弾く


 ヘンデルと聞いてまず思いつくのは、管弦楽曲「水上の音楽」、「王宮の花火の音楽」、ほかにも、「第12番までの合奏協奏曲集」、歌劇の「リナルド」、そしてなんといっても、バッハの宗教曲に比肩すると私は、見ている「メサイヤ」といったオラトリオです。

 今回、聴くのは、2015年のショパン国際コンクールの優勝者、チョ・ソンジン演奏によるヘンデル鍵盤楽器のための組曲集(第2番、第8番、第5番・・・調子の良い鍛冶屋が入った曲)と、ブラームス作曲の「ヘンデルの主題による25の変奏曲とフーガ」です。

 

 少し前の話ですが、チョ・ソンジンのピアノと、バリトンのゲルネとによる歌曲集、(ワーグナープフィッツナーR.シュトラウス作品)のCDが出た時に、チョ・ソンジンという演奏家は、少し気になっていました。私は、その時は、彼が、ショパンコンクールの覇者であったことを知りませんでした。

 今回、チョ・ソンジンが弾くヘンデルと、ブラームスが出た時に、これは聴きたいと思いました。私の好きな鍵盤楽器の曲である「アリアと変奏(調子の良い鍛冶屋)」と、ブラームスによる「ヘンデルの主題による25の変奏曲とフーガ」が聴けるからです。

 調子の良い鍛冶屋について・・・8つの組曲で構成されるクラブサン組曲集 第1巻の第5組曲の終曲を飾る曲です。テーマにあたるエアは、先行するアルマンドクーラントから素材が集められています。この陽気で、明快ななテーマに基づき5つの変奏が続きます。

 ブラームスによる「ヘンデルの主題による25の変奏曲とフーガ」、このヘンデル変奏曲の主題になっているのは、クラブサン組曲第2巻 第1曲に出てくる簡潔シンプルな曲です。これに基づき、ブラームスは、多様な手法を使い展開させ、最後は、4声のフーガに行き着きます。

 ヘンデルといえば、メサイヤですが、鍵盤楽器の分野での作品は、軽やかな舞曲のようで、かつ、楽しみにも満ちた不思議な魅力を放っています。

  ソンジンが、超絶技巧の曲集でなく、ヘンデル作品を取り上げたことは、うれしいです。音符の数は少ないヘンデル曲ですが、各声部を引き出し、音に「いろどり」をそえ、聞き手に伝えているソンジンの演奏は、素晴らしいと思いました。

 

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11年前、街の商店街での買い物、ベートーヴェン:英雄

  11年前、大阪市に、住んでいました。引越し先のその地域で、町を2時間ほど散歩した時のことです。すると、昔ながらの商店街があり、たこ焼き屋洋品店のある一角に、カセットテープもおいているCD屋さんを見つけました。

 クラシック音楽のコーナー棚があり、のぞいてみると、今まで、見たことのないCDが多くありました。すでに廃盤のCDもあり、ただ背帯の部分は、経年で太陽やけして黄ばんでいますが、思わず大人買いしてしまいました。
 店の老夫婦も一度にこれだけ売れることもないのか、レジを打つ際、てまどり、2回打ち直して、印肉のスタンプカードを、うれしそうに押してくれました。
 
 そこで購入した一枚が、カール・ミュンヒンガー指揮シュトゥトガルト放送交響楽団による、ベートーベンの交響曲第3番「英雄」です。

ミュンヒンガー指揮、交響曲第3番「英雄」


 バロック音楽の名演奏で他の追随を許さない大家、カール・ミュンヒンガーに、今までにない響きを期待したのです。
 ミュンヒンガーの指揮ぶりは、バロックを知り尽くした音楽家として、古典様式であるこの英雄交響曲も、聴きごたえのある内容でした。

 この「英雄交響曲」は、スーパースター級のカラヤンらといった巨匠で聴くのも良いですが、作品のテンポ、歌心といった要諦を的確にとらえているミュンヒンガーの指揮も、とても楽しめました。特に、第2楽章の、葬送行進曲は、悲しみと諦めが込められていて、聴いていて、心にしみます。
 
 「英雄」と名前のついているこの交響曲は、ベートーヴェンナポレオン・ボナパルトのことを高く評価し作曲したのでありますが、後に、ナポレオンが皇帝を名乗ったことから、ベートーヴェンは意にそぐわないと、
『あの男もまた平凡な人間に変わりなかった。今や全人類の権利を踏みにじり、自分の野望を満足させようというのだろう。彼も単に専制者になりたいのだ』と怒りを述べました。

 当初、ナポレオンに捧ぐと書いていた楽譜の表紙の部分を破り裂き、改めて、「シンフォニアエロイカ」と名付けたのでした。
 
 ベートーヴェンは、ナポレオンのことを評価し、彼のことを思いながら作曲したのですから、「ナポレオンに捧ぐ」とかかれた表紙を破けばいいという話では済まなくなると私は思うのです。
 
ベートーヴェンの作品自体への思いが、創作後、変わったこの曲は、聴く人の姿勢を問いている」と私は思います。

 だから私は、この曲を標題付「英雄」としては、聴きません。あくまで、交響曲の一つとして聴いています。

古典派音楽とロマン派音楽の時代の架け橋

「べートーヴェン と ベルリオーズ 交響曲 」
・ベートーベンの交響曲第9番の初演は、1824年 5月7日 ウィーン
一方
ベルリオーズ幻想交響曲」の初演は、1830年12月5日 パリ音楽院

を比較すると、古典派、ロマン派といった流れも、ある天才の登場により劇的に変遷するのがわかるような気がします。歴史の中での、ほんの6年違いで、すごい変動の起こった時代だと思います。
 ベートーベンの交響曲第9番→古典様式に則しながらも、歓喜に寄せてで、自由な意思(ロマン派への橋渡し)をとげた。
 一方、ベルリオーズの「幻想交響曲」は、交響曲の中でも、ロマン派の極致。
  いま、ベートーヴェン交響曲第1番の動画を聴いています 。若きベートーヴェンの古典の発露。

以降の作品で、どのような出来事、取り巻く環境を経て、ベートーヴェンの作風が変化していくのか、流れを追ってみると面白そうです。
ベートーヴェンの作品は、音楽に感情を込め始めたこと自体に、ベートーヴェンたる偉大さでは、と思います。

交響曲でいえば、第3番「英雄」(1804年完成)
ピアノ曲では、悲愴ソナタ(1800年前後)あたりから、個性の感情の芽が出始めたような気がします。